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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)4817号 判決 1968年7月01日

原告 林友子

右訴訟代理人弁護士 熊谷林作

被告 東過信

右訴訟代理人弁護士 徳田三郎

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

一、原告

被告は原告に対し別紙第二目録の(一)(二)記載の建物を収去して同第一目録記載の土地を明渡し、かつ昭和四〇年二月一二日以降(予備的請求として同四一年五月一日以降)右明渡ずみに至るまで一ケ月金三、七一八円の割合による金員を支払えとの判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

主文同旨の判決。

第二、主張

一、請求の原因

1. 原告の父訴外亡林福松(以下単に福松という)は昭和二一年四月ごろ被告に対しその所有にかかる別紙第二目録記載の土地(以下本件土地という)を左の約定で賃貸した。

(イ)  目的 仮設住宅の建築

(ロ)  賃料 一ケ月金二七円

(ハ)  期間 五年

(ニ)  特約 賃借人は賃貸人の承諾なくして賃借権の譲渡、転貸ならびに建物の新築増改築をしてはならない。

その後福松と被告合意のうえ、右賃貸期間は二〇年に改訂されたが福松は昭和三三年三月一八日ごろ死亡したので原告が相続により本件土地所有権を取得し右賃貸借契約における賃貸人の地位を承継した。

2. 被告は(イ)昭和三五年九月ごろより本件土地の東北部公道に面した一部約四九・五八平方メートル(約一五坪)に貸ガレージを設けて他人の車の駐車場に使用しており(無断転貸ないし用法違反)(ロ)昭和三九年一一月下旬ごろ本件土地上に別紙第二目録(二)記載の建物(以下本件新建物という)を建築したので(無断新築)、原告は被告に対し昭和四〇年一月二九日到達の書面で本件賃貸借契約を同年二月一一日限り解除する旨の意思表示をした。

3. かりに右解除の効力が認められないとしても本件賃貸借契約は昭和四一年四月三〇日をもって期間満了により終了した。

(1) 本件土地賃貸借契約は、いわゆる一時使用の目的でなされたものであり、その期間は昭和二一年四月ごろより二〇年であるからおそくとも同四一年四月三〇日をもって期間満了により終了した。

(2) かりに本件土地賃貸借契約が一時使用の目的でなされたものでないとしても原告は被告に対し本訴の維持継続をもって本件賃貸借契約の更新拒絶の意思表示をなしたというべきであるから本件賃貸借契約は昭和四一年四月三〇日をもって終了した。更新拒絶の正当事由は左のとおりである。

(イ) 原告は夫である訴外林次朗(以下単に次朗という)と共に現住所において世界救世主熱海教会大森支部の運営に当っており、その住居を利用しての集会も多いのであるが現在の住居は一〇九・〇九平方メートル(三三坪)の土地に床面積六六・一一平方メートル(二〇坪)の平家であって五〇人もの集会にはあまりにも狭く多くの支障をきたしている。そのため原告は本件土地上に自らの住居と集会に利用できる家屋を建築する必要があり、右明渡をうけなければ原告の今後の生活ならびに事業に重大なる支障を生ずる。

(ロ) 原告の姉訴外林利子は現在アパートを借りて生活しているので本件土地の返還をうけて原告の住居を建築すると共に原告の現在の住居を右林利子に譲り渡す予定である。

4. 被告は本件土地上に別紙第二目録(一)記載の建物(以下本件旧建物という)と本件新建物を所有して本件土地を占有しているが被告の右占有により原告は相当賃料額の損害を被っているところ、本件土地についての相当賃料額は一ケ月金三、七一八円である。

5. よって原告は被告に対し賃貸借終了に基づき本件新、旧両建物を収去して本件土地の明渡を求めると共に、昭和四〇年二月一二日以降(予備的に同四一年五月一日以降)右明渡ずみに至るまで一ケ月金三、七一八円の割合による賃料相当損害金の支払いを求める。

二、答弁

1. 請求原因第一項の事実中、本件賃貸借契約の期間が当初五年と定められ、その後二〇年に改訂されたとの事実は否認する。その余の事実はいずれも認める。

2. 同第二項の事実は認める。(但し貸ガレージを設けたことは土地の転貸ないし土地の用法違反になるものではない)

3. 同第三項の事実中(1)の事実は否認する。同(2)の(イ)および(ロ)の事実はいずれも不知、その余の事実は争う。

被告は本件新、旧両建物に家族五人で生活しているが、他に財産もなく他に土地家屋を求める資力もないので被告所有家屋を収去して本件土地を返還したときは住むべき家屋がなく被告の損失は測り知れないものがある。

4. 同第四項の事実は認める。

三、抗弁

1. 新築についての承諾の抗弁

被告は福松より本件土地一八九・〇九平方メートル(五七坪二合)を賃借してとりあえず床面積二八・〇九平方メートル(八坪五合)の本件旧建物を建築して居住していたが子供の成長と共に将来もう少し大きな建物を新築することについて当初より右福松の承諾を得ていたものである。かりに右承諾が認められないとしても被告は昭和三九年二月下旬ごろ原告より本件新建物を建築するについて承諾を得た。

2. 背信性なしの抗弁

被告は本件土地の極く一部の空地を利用して他人の車を預り保管しているものにすぎず、かりに右土地の利用が無断転貸ないしは、用法違反になるとしても極く軽微なものであるから賃貸借契約における信頼関係も破壊するものではない。

3. 契約更新の抗弁

被告は昭和三三年四月ごろ原告の代理人である次朗との間で本件土地賃貸借契約を更新し期間は同年一月一〇日より二〇年間とする旨約した。

四、抗弁に対する答弁

抗弁事実はいずれも否認する。

第三、証拠<省略>

理由

一、原告の父福松がその所有にかかる本件土地を昭和二一年四月ごろ被告に対し仮設住宅建築の目的で賃貸し、その際、右両者間で賃借権の無断譲渡、転貸ならびに無断増改築禁止の合意をなした事実および福松が同三三年三月一八日ごろ死亡したので原告が本件土地所有権を相続により取得し、本件土地賃貸人の地位を承継した事実はいずれも当事者間に争がなく、<証拠省略>によると本件賃貸借契約の期間は当初五年と定められていたが昭和二四年ごろ福松と被告との間で当初から二〇年とすることに合意延長されたことが認められる。

二、契約解除についての判断。

1.無断転貸の主張について

被告が昭和三三年九月ごろから本件土地の東北部、公道に面した一部約四九・五八平方メートル(約一五坪)に貸ガレージを設けて他人の車の駐車場に使用している事実は当事者間に争がなく、<証拠省略>によれば、被告は本件土地を効率的に利用するために、空地である右部分の土地にコンクリートを打ち、公道に面した部分に扉を設けて無蓋のガレージを設置し、他人の車四台を預り保管料として車一台につき一ケ月金四、〇〇〇円の駐車料を徴している事実が認められる。右事実によれば右本件土地の使用は被告が他人の車を保管する場所として自ら使用しているものと認めるのが相当であり第三者に独立の使用収益を与えて本件土地を使用収益させているものとは認められないので、右貸ガレージの設置をもって賃貸人の解除権を生ずる土地の転貸であると言うことはできない。

2.用法違反の主張について

本件土地賃貸借契約が当初期間を五年と定めて、仮設住宅建設の目的でなされたが、その後当事者間で期間を当初から二〇年とすることに合意されたことは前記認定のとおりであるが、右期間の延長によって当然に本件土地の使用目的も、仮設住宅建設の目的から普通建物所有の目的に改訂されたものと解すべきところ被告が本件土地上に本件新旧両建物を建築所有していることは当事者間に争がなく、本件貸ガレージの開設は前記認定のとおり本件土地の空地部分を効率的に利用するためになされたものであり、貸ガレージに使用している土地は全借地の約四分の一にすぎないもので、ガレージ自体も無蓋で大規模なものではなく、床にコンクリートを打って扉を設けたごく簡単な設備のものである。

従って、被告が建物所有を主たる目的として本件土地を使用しているものであることは明らかであり、貸ガレージの開設は、副次的なものと言うべきであるから、右貸ガレージの開設をもって直ちに借地の用法違反であると認めることはできない。

3.無断増築の主張について

被告が本件土地上に昭和三九年一一月ごろ本件新建物を建築したことは当事者間に争がない。

そこで承諾の抗弁について判断するに<証拠省略>によると、前記認定の被告と福松との合意で賃貸借の期間が二〇年に改訂された昭和二四年ごろ、被告は本件旧建物を建築したが右建物は本件土地一八九・〇九平方メートル(五七坪五合)に比し、床面積二八・〇九平方メートル(八坪五合)という小さな建物であったので被告は将来家族がふえた場合には空地に増築したい旨福松に申し入れ、同人の承諾を得ていたものであることが認められ、<証拠省略>中右認定に反する部分は採用しない。

もっとも<証拠省略>によると、

被告は本件建物を建築するに際し、原告に承諾を求めたが承諾料の額などの折り合いがつかず結局話合いは物別れに終っている事実が認められる(<証拠省略>中右認定に反する部分は採用しない)が右採用しない部分を除く<証拠省略>によると、被告が原告に本件新建物増築について承諾を求めたのは、福松の死亡により賃貸人の地位が原告に承継されていることから、増築に着工するに当り福松の承諾とは別に改ためて現在の地主である原告の承諾を得ると共に契約の更新を求めるためであったと認められるので右事実は必ずしも前記認定の妨げとなるものではなく、他に前記認定を左右するに足りる証拠は存しない。従って右福松の承諾は同人より相続により賃貸人の地位を承継した原告に対しても効力を有するものであるから被告の本件新建物の建築をもって無断増築であるとする原告の主張は理由がない。

4. してみればその余の事実について判断するまでもなく解除によって本件土地賃貸借契約が終了したことを前提とする原告の主位請求は理由がなく失当である。

三、予備的請求事件について

1. 契約更新の抗弁について

本件土地賃貸借契約は昭和二一年四月ごろ期間を五年と定めて締結されたが、同二四年ごろ被告福松間の合意で期間を当初から二〇年間と延長されたものであることは前記認定のとおりなので本件賃貸借契約はおそくとも同四一年四月末日をもって期間満了するものであるところ被告は昭和三三年四月ごろ、原告の代理人である次朗との間で契約の更新をしたものである旨主張するもので判断する。

<証拠省略>によると昭和三三年四月ごろ被告は原告の夫である次朗との間で本件賃貸借契約を更新し、その期間を同年一月一〇日より二〇年とする旨の合意をなした事実が認められる。

しかしながら、<証拠省略>によれば賃貸人は林次朗と表示されている事実、<証拠省略>によると、次朗は福松の娘である原告と昭和三一年一一月一八日に婚姻し原告の姓を夫婦の姓となした関係で次朗は福松の養子として同人を相続し得ると思いこんでいたため、昭和三三年三月一八日ごろ福松が死亡し同人について相続が開始した際、次朗は当然に自分が本件土地についての賃貸借の地位を承継したものと信じて(いわゆる表見相続人)被告との間で前記合意をなしたものであることがそれぞれ認められるので右乙第一号証の契約の効果が直ちに原告に帰属するものとは認めることはできず、他に右契約締結当時、次朗が代理権を有していた事実ならびに代理意思の存在を認めるに足りる証拠は存しない。

従って、被告主張の契約更新の抗弁は理由のないものである。

2. 一時使用の主張について

原告は本件賃貸借契約は一時使用の目的でなされたものであるから、昭和四一年四月三〇日の経過をもって当然に期間満了により終了したものであると主張するが、前記認定のとおり、昭和二四年に福松と被告との間で期間が二〇年に延長されたことによって、本件賃貸借契約は普通建物所有を目的とする長期の賃貸借契約に改訂されたものと解すべきであるから右主張は理由がない。

3. そこで更新拒絶の正当事由について判断する。

<証拠省略>によると、被告は昭和二一年本件土地賃借以来本件土地に居住するサラリーマンであって、現在本件、新旧両建物に、被告夫婦と子供三人(一人は就職、他の二人は学生)で居住している事実、被告の財産は本件新旧建物のみで他に財産なく、被告の収入は被告の給料一ケ月金六万六、〇〇〇円(税込み)と前記認定の貸ガレージからの収入一ケ月金一万六、〇〇〇円であることがそれぞれ認められるので、本件新旧両建物を収去して本件土地を明渡すことは被告一家から生活の基盤を奪うこととなり、被告に測り知れない損害を生ずるであろうことは推測に難くないところである。次に<証拠省略>によると、原告は肩書地に夫次朗と子供四人で居住し、その住居は床面積六七・七六平方メートル(二〇・五坪)敷地一〇九・〇九平方メートル(三三坪)でいずれも原告の所有であり、原告は他に財産として、本件土地の周辺に約五九五・〇四平方メートル(一八〇坪位)の土地を所有し、いずれも他に賃貸しているものであること、原告の夫、次朗は世界救世主熱海教会大森支部長として、右住居に信者を集めて座談会を開いたりして布教活動を行っているが、大きな行事を行う場合などには、右住居では信者を収容しきれず、不便を来たしているものであることが認められる。しかし原告の姉林利子がアパートを借りて居住していることの証拠はなく、その姉に原告が自己の居住家屋を提供しなければならない必要性ないし緊急性については原告は何等の主張立証をしないところであるから右利子に原告の居住する家屋を提供することは本件更新拒絶の正当性についての判断の資料とならない。以上、原被告双方の事情を比較すると被告が本件土地を明渡すことによって被る損害や不利益の方が、原告が明渡を受けられないことによって被るそれよりも甚大なものと言うべく、更に、本件新建物の増築ならびに本件土地の一部を利用しての貸ガレージの開設も前記認定のとおりこれをもって賃貸人に対する不信行為であるとは言い得ないものであるから、原告は、本件土地賃貸借契約の更新を拒絶する正当性を有しないものと認めるのが相当である。

4. してみれば本件土地賃貸借契約が期間満了により終了したことを理由とする原告の予備的請求はその余の事実について判断するまでもなく失当である。

<以下省略>。

(裁判官 地京武人)

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